ここに至るまで
「看護とは、人の弱みを補い、その人の強みを生かす仕事」
という言葉に魅了され、高校生の時に看護師を志しました。
看護学部へ入学したものの、最初から順調だったわけではありません。
むしろ、失敗ばかりでした。技術試験で不合格になったこともありました。
このままではだめだと思い「看護師一年目で少しでも早く成長するために、今できることは何だろう」と考え、特別養護老人ホームで介護のアルバイトを始めました。
そこで出会ったのは、「高齢者」という一言では括れない、一人ひとりの人生でした。
地域のイベントでは、生け花やものづくりをしながら、それまで歩んできた人生を聞かせてもらいました。
何歳になっても、好きなものや会いたい人、やってみたいことがあるというのは誰しも共通して持っているものなんだとも気づきました。
私は、そんな一人ひとりの人生を知る時間が好きでした。
一方で、現場に入ったからこそ、見えてくるリアルな課題感もありました。
「以前転倒したことがあるから、外には出られない。」
「危ないから、職員が代わりにやる。」
もちろん安全を守ることは大切ですが、
「危ないからやらない、で終わっていいんだろうか?」
誰かが付き添えば、環境を整えれば、もう一度挑戦できるかもしれない。
できないことを代わりにやるだけではなく、
「どうしたら、この人がやりたいことをできるだろう。」
と考えることも、ケアなのではないか?
さらには、何歳になっても自分の「やりたいこと」を持ち、それを実現している人は、生き生きして、生きていると気づきました。
目の前の人をケアするだけではなく、
その人が自分の意思で選び、挑戦できる環境そのものをつくりたい。
まだ具体的な形はありませんでしたが、この時、今につながる最初の夢が生まれました。
その後就職ではなく、医療制度や政策、組織について学ぶため、大学院へ進学しました。
大学院では、病院の外にも医療職のさまざまな生き方があることを知りました。
大学で研究や教育に携わる人。
看護師や理学療法士の資格を持ちながら、企業で働く人。
医療職として働きながら、新しい分野に挑戦する人。
同じ資格を持っていても、働く場所も、生き方も、一つではありませんでした。
一方で、病院で看護師として働き始めた友人からは、
「看護師を辞めたいけど、私には看護師しかないから。」
そんな言葉を聞くこともありました。私は、そのたびに、
「本当に、看護師しかないんだろうか。」
と考えていました。
その違和感は、医療・福祉従事者との交流を続ける中で、さらに大きくなっていきました。
看護師だけではありません。理学療法士も、薬剤師も、介護士も。
「資格を取ること」がゴールになってしまい、その先の人生を考える機会が少ない人が想像以上に多かったのです。
「どう生きたいか」を考えることが当たり前になれば、もっと多くの人が自分らしく生きられるんじゃないか。
もちろん、資格を取ることが悪いわけではありません。私自身、看護が好きです。
だからこそ、選んだ資格によって人生の選択肢が狭まってしまうことが、勿体ないと感じるようになりました。
そして次第に、私がつくりたい「場」の輪郭も見え始めました。
年齢や病気だけではなく、職業や肩書きにも縛られず、
一人ひとりが、
「私は、本当はどう生きたいんだろう。」
と考え、自分で未来を選べる場所。
学生時代にぼんやりと描いていた「人が自分らしく生きられる場」という夢が、少しずつ具体的な意味を持ち始めていました。
大学院修了後、私は大学病院の集中治療室(ICU)へ就職しました。
看護師として現場に立つなら、さまざまな疾患を抱える患者さんと向き合い、多職種で一人の命を支える環境で学びたい。
そう思って選んだ場所でした。
看護は、本当に楽しかったです。
一方で、ICUは、昨日までの「当たり前」が突然失われる場所でもありました。
昨日まで仕事をしていた人が、突然ベッドの上で人工呼吸器につながれる。
当たり前に家族と過ごしていた日常が、一日で変わる。
そんな現実を、何度も目の当たりにしました。
患者さんやご家族と関わる中で、
「もっと好きなことに挑戦すればよかった。」
「もっと家族との時間を大切にすればよかった。」
そんな言葉を聞くこともありました。そのたびに、
「私は、本当に悔いなく生きられているだろうか。」
という問いが、自分自身にも返ってきました。
ICUで人生の最後に、
「もっとやりたいことをすればよかった。」
と振り返る人。
私と違う場所にいるようで、同じ問いを向けられているように思いました。
「じゃあ、私はどう生きたい?」
看護師として働き続ける未来。専門性を高めていく未来。
どちらも、とても素敵な人生だと思います。
でも、私が学生時代に思った、
「人が自分らしく生きられる場をつくりたい。」という夢。
現場に出て強くなった、
「どう生きたいか?から人生を考えられる人を増やしたい。」という想い。
これらをいつか実現したいと言いながら、自分自身が「看護師だから」という理由だけで病院に居続けることには、違和感がありました。
だったら、まず自分が選んでみよう。
そう考え、私は病院を離れ、独立することを決めました。
私にとって独立は、
病院を辞めることではありません。看護を辞めることでもありません。
看護という考え方を、病院の外へ広げていく。そのための、新しい挑戦でした。
現在は、訪問看護や高齢者施設の立ち上げに携わりながら、自分自身でもその準備を進めています。
ただ、施設をつくることも、訪問看護ステーションをつくることも、私にとってはゴールではありません。それらもまた、手段の一つです。
私が本当に実現したいのは、
ケアを受ける人も、ケアを届ける人も、自分の未来を自分で選び、自分らしく生きられる社会。
「私にはこれしかない」ではなく
「私は、こう生きたい。」
から人生を選ぶ。
そんな人と、そんな場所を、これから増やしていきたいと思っています!
それぞれの転機の詳しいエピソードは、Blogで綴っています。